「そこにザアカイという人がいた。この人は徴税人の頭で、金持ちであった。イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低かったので、群衆に遮られて見ることができなかった。それで、イエスを見るために、走って先回りし、いちじく桑の木に登った。そこを通り過ぎようとしておられたからである。」(ルカ19・1〜3)
ここ最近のことですが、園児が手を真上に伸ばしてドアの取っ手を掴んで、そのドアを開けていることに気付きました。大人はそのまま手を伸ばせば取っ手を掴むことができるのですが、小さい子どもは精一杯手を真上に伸ばさなければなりません。改めて小さい子どもに見える世界はどんな世界だろうとしばらく想像を巡らせていました。きっと、巨人の世界だろうと、何もかもが大きな世界、少し背伸びする必要がある世界に住んでいるんだな、、、としみじみと思いました。
聖書の登場人物で一番背が低いと有名なのが、上で引用したザアカイという人でした。背が小さいだけで、実は彼は金持ちで、欲しいものは何でも手に入れることが出来る人でした。その財産の儲け方が問題で、イエス様の時代では罪人とされた人でもありました。誰よりも好奇心が強いザアカイは、あの有名なイエス様が町を通ることを知って一目見ようとしますが、、、背が低いので見ることが出来ず、最終的な方法として先回りして木に登って見ることにしました。そのザアカイに目を留められたイエス様が、そのザアカイの熱心さを褒め、その日はザアカイの家で泊まることにします。
0、1歳のクラスから見守ってきた園児が年中、年長組になり、いつの間に背が伸びていました。声をかけて“すごく背が伸びているよ”と言うと、“当たり前や、年中組だから”と、大人挽いた返事が返って来ました。その堂々とした答えに、びっくりもしましたが、とても嬉しくもなりました。
まだまだ巨人の世界に住む子どもたちがザアカイのように、背伸びをする、木に登るような成長の過程を踏んでいると思います。上を向いて一所懸命背伸びする子どもたちは、いずれ上を向かなくて普通に見える時が来ると思います。その一連の過程の中で、この世界を更に広く見渡せるような知性と感受性を育てて欲しいと願っています。楽しい夏を過ごし、元気に2学期を迎えることが出来ますように。
