「ただ、知識は人を高ぶらせるが、愛は造り上げる」。(コリントの信徒への手紙一8・1)
上の言葉は、使徒パウロの言葉で、新約聖書の中の「コリントの信徒への手紙」に記したものです。人が知識を持っていることで高ぶっていた当時の人々の過ちを指摘したもので、人の心が愛で満たされているならば、その力によって自分はもちろん周りの人々をも成長させるだろうという内容です。子どもの世界でも、自分が知っているということでちょっとした喧嘩になる場合があります。知識は確信に代わり、譲ることが出来なくなるからです。
キリスト教では、神様からの愛を強調します。神様から先に手を差し伸べて愛を示し、その愛を感じ取った私たちが神様の愛に応えるために動き出す。それは、親子の愛にも似ています。ご両親の愛で満たされた子どもが愛することが出来るからです。キリスト教では、神様を「父なる神様」と呼ぶ理由がここにあります。
ゆり・すみれ組の園児たちは床暖房の保育室では安全のために靴下を脱いで素足で1日を過ごします。親御さんが迎えにいらっしゃると、先生方が帰りの支度をさせるのですが、もちろん靴下を履かせます。この小さい子どもたちも、靴下を履くことが家に帰るということを意味しているということをよく分かっていて、顔は喜びに満ち、笑顔が絶えません。園が楽しくても、友だちがいても、親御さんの愛には及びません。まずはお父様とお母様の愛によって、子どもは成長して行きます。愛されるために生まれた存在であることを体験することで、その愛を分かち合うことが出来るのです。知識ではなく、愛によって造り上げられる園児たちの上に、これからも神様の愛と恵みが豊かなに注がれる新しい一年になればと、願っています。
