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「また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」(マタイ18・19〜20)

カトリック教会では、私と神様との関係性はもちろん、私たちと神様との関係性をとても重要視しています。それは、上で引用したイエス様の言葉から現れて来るように、一人は弱く間違うこともありますが、共同体、さらに教会となれば間違うこともなく、その上神聖なものとして見られるようになるからです。それを可能にするのは、そこにイエス様がいらっしゃるという強い信仰です。

幼稚園で「私」はもちろん「私たち」を強く認識させるのは、運動会、聖劇、春のコンサートではないかと思います。歩調を合わせる、自分の動きや音だけではなく相手の動きや音に注意する、距離感を覚える、全体を見渡して初めて「自分」という存在が見えてくるのだと思います。

家にそのままいれば、すべてが私のものですが、幼稚園に来れば私たちのもので、順番と思いやりの心がなければ、怒ったり泣いたりするしかありません。心情的には、それじゃすべての子どもに同じものを揃ってあげたいという衝動を感じることもありますが、それはこの世界で人間として生きることを、更に困難にする悪手であることをも同時に思い起こします。

考えや思考、特性が違う人が集まり、心を一つにして求めるということは、簡単そうでとても難しいことで、だから素晴らしいことです。そこには、心が動かされる体験や自分を犠牲にする尊さがあり、すべての人のためにご自分を捧げたイエス様の心に触れるさえ出来るのです。

まさに聖母の騎士幼稚園の強みは、イエス様の言葉のように心を合わせ、一緒に祈り、願い、遊び、成長して行くことにあると思います。先生方や園児たちの優しさの中に強さがあり、将来に対する希望があります。